第2弾「大学にとってWebサイトとは何か」

第2回 │ 大学広報の改革とWebの関わり Web広報への取り組みから問題の山積、そして改革まで

Web創世記?日本にインターネットは普及するのか?

?今回は、リニューアルに至るまでの様々な経緯、言わば“過去”を伺いたいと思います。「七年戦争」とか「十年戦争」とか、なにやら穏やかならぬ言葉も耳にしておりますが…。

これは困りましたね(笑)。中央大学が公式ホームページを立ち上げたのが1996年です。今回のリニューアルが2005年。つまり、ここまで来るのに10年かかったと言えます。“戦争”とは荒っぽい言い方だと思いますが、要するに「簡単に、また自然に、このサイトが実現したわけではない」ということが言いたかったのですよ。

?では、順を追ってお話願えますか。

今では想像することすら難しいのですが、1990年代初めまで、「Web」(インターネット)は特殊なものでした。ほぼ「存在しなかった」と言ってもよいと思います。1993年になって、「Mosaic(モザイク)」という一般に使えるブラウザ(Webを観るソフト)がようやく公開されました。いま標準的に使われているブラウザ「Internet Explorer」が出る以前の話で、インターネットの普及もまだこれからというときです。
その1年前、私はコンピュータ・ネットワーク利用の実情を探るべく、渡米していました。日本にも「パソコン通信」というネットがあったのですが、私には盛り上がりに欠けるように見えました。日本人がネットを使ったコミュニケーションに積極的でないのはなぜかを、アメリカとの比較で考えようとしていたのです。そのとき私のいたイリノイ大学では、マーク・アンドリーセンが「Mosaic」をちょうど開発中でした。残念ながら、直に立ち会うことはなかったのですが…。
帰国後、私は学内外に「これからは、ネットワーク上で画像や音が頻繁に利用される時代がやってくる。そうでなければ、日本のネットワーク利用はいつまで経っても進まない」と言って歩きました。なぜなら、日本人のコミュニケーション方法と欧米人のそれとは異なっているからなのです。その頃、「Mosaic」が動き始めたのです。こうして、中央大学でWebサイト作りへの模索が始まりました。

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渡辺 純一氏(わたなべじゅんいち)

中央大学卒業後、同大電子計算機センターに入職。97年、入試・広報センター事務部広報課へ異動。当時、担当課長。Webサイトを核に広報改革を推し進め、2005年「ユーザビリティー全国No.1」に導いた。大学サイトの変革リーダーとして全国の注目を集める。

渡辺 純一氏(わたなべじゅんいち)