第1弾「“危機”の時代の大学経営」

第3回 │ 「存亡の危機」と「存在の危機」 職員の“想い”が大学を変える

今、大学で考え行動しなければならないことは何か?。予備校、私立大学、国立大学を渡り歩いた経験からヒントになればと思うことを話します。今後を考えるに当たっては、国立大学と私立大学、伝統大学と新興大学、大規模大学と小規模大学、それぞれの大学の立つ位置の違いを踏まえることが、まず重要だと言うことを述べて、話を始めることにします。

「存亡の危機」と「存在の危機」

いままでお話してきましたように、大学は構造的・総体的に危機にあります。私大の大半は「ロングテール大学」でありますし、約3割がすでに定員割れしています。やがて半数がそうなるでしょう。こういった大学は、まさに「存亡の危機」にあります。では、皆様にお聞きします。国公立大や定員割れしていない私大は安泰なのでしょうか?
たとえば、私が現在勤めている国立大学法人の和歌山大学、国公立大学は私大に比べて学費が安い。これはお客様(受験生と学費負担者としての保護者の方々)にとって魅力であり、これは「強み」です。ですが、その「学費の強み」を差し引いての、「教育そのものの魅力」はどうでしょう。経済学部、システム工学部、教育学部の3学部がありますが、わざわざ和歌山大学に行きたいという特色を持ち得ているのか、また、それを適切にアピールできているのか。国立大学は私大に比べて、「安住」している傾向が強いことは否めません。

一例を挙げれば、小学校教員免許の取得と小学校教員の採用は、以前は国立大学教育学部の独壇場でしたが、状況は変わりました。当分「団塊の世代」教員の大量退職で就職戦線は好調ですが、私大の教育系学部の新設が相次いでいます。つまり、国立大学の教育学部が教員市場を独占してきた時代は過去のものになりつつあるのです。また、「理系離れ」と言われる影響を受けて、地方国立大の工学部の志願者の減少傾向も深刻です。
一つのケースとして和歌山大学の事例を挙げました。最も「安全」と見られている国立大学でも危機はヒタヒタと忍び寄っているのです。ですから、これはすべての大学職員の方々への問いかけです。「危機の時代」あるいは「大競争時代」と言われる今日の大学業界にあって、「立ちどまり」は、あなたの大学の「存在」を希薄化するのではないでしょうか?
存在価値の希薄化、「バリュー・クライシス」とでも言うのでしょうか、これが「存在の危機」だと思うのです。今の“見かけの安泰”にあぐらをかいて、改革への努力を怠れば、大学の「存在」はしだいに希薄化し、やがて「存亡」の危機を迎えることになるでしょう。高校と予備校から定員をはるかに上回る入学希望者が供給されていた時代は終りました。それが“ユニバーサル・アクセス”時代の大学なのです。

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小畑力人氏(おばたりきと)

1947年、大阪府出身。立命館大学卒業後、関西文理学院(予備校)に勤務。進学指導部長を経て、立命館大学に奉職。入試部長などを歴任し、「10万名入試」を達成。2004年より、国立大学法人和歌山大学へ監事として赴任。当時、同大学理事として活躍。

小畑力人氏(おばたりきと)