第1弾「“危機”の時代の大学経営」

第1回 │ 2007年問題とは何か 大学職員が認識すべきもう一つの課題

こんにちは、和歌山大学の小畑です。今日は関西の有名私大や中堅私大、また国公立大の方々にご参加いただいています。当然、大学の設置形態やポジショニングによって、これから為さねばならぬことは違ってくるわけですが、今日は限られた時間でありますので、私の経験も交えて、できるだけ各大学に共通する課題の整理とそれへの考え方、取り組み方をお話できればと思っています。

2009年問題が2007年問題になった理由は

「2007年問題」と言うのは、大学・短大に入学を希望する人数と、募集・入学定員が一致する、いわゆる「全入時代」の到来のことですね。ご存知の通り、少し前には「2009年問題」と言われていました。2年、早まったわけです。それはなぜかと言うと、高校卒業生がよりシビアな進路選択をして、大学・短大への進学率(04年49.9%)が伸び悩む一方で、専門学校への進学率(23.8%)が上昇したためです。大学・短大よりも専門学校が選ばれ、大学へ行く価値が低下している現象と言えます。
「大学全入」を18歳人口の総数の問題としてのみ捉えるのではなく、実はここに、大学関係者が認識すべき重要なポイントの一つがあると私は考えます。「2007年問題」、すなわち「大学の “ユニバーサル・アクセス” 時代の到来」という問題の「捉え」が重要だと思います。

エリートのための大学教育から、万人のための大学教育へ

大学という存在の社会的意義と役割は時代とともに、変化してきました。日本の大学の進学率は1960年にはわずか10%、まさにエリートのための場所でした。その後、第1次ベビーブーマーである「団塊の世代」が大学進学年齢(18歳)に達し、時の日本の高度成長をバックに大学進学者数は爆発的に増大します。「受験地獄」と言う言葉とともに偏差値が登場し、受験界を席捲したのも、この1960年代の後半でした。その時期に伸び続けた進学率は1972年に 30%を超えます。そして、「団塊ジュニア」の第2次ベビーブーマーのピーク(1992年)を経て、進学率は40%を越え、2000年以降にはついに 50%に達し、今に至るわけです(05年51.5%)。
この大学教育の大衆化の進展を、アメリカの社会学者マーチン・トロウは、大学進学率が15%以下の状態をエリート型、15%?50%をマス型、50%を越えるとユニバーサル型と定義しています。日本で言えば、1966年までがエリート型、その後マス型となり、近年ユニバーサル型に移行したということになります。振り返ると、日本の大学のエリート型からマス型への移行期である1960年代の後半期に、「全共闘」運動と大学紛争が全国の大学に拡がったのです。それは、大学「大衆化」に即した大学のシステム改革が進まなかったことへの学生の「怒り」の表現だったとも言えるのです。

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小畑力人氏(おばたりきと)

1947年、大阪府出身。立命館大学卒業後、関西文理学院(予備校)に勤務。進学指導部長を経て、立命館大学に奉職。入試部長などを歴任し、「10万名入試」を達成。2004年より、国立大学法人和歌山大学へ監事として赴任。当時、同大学理事として活躍。

小畑力人氏(おばたりきと)